“物語”で考えるマーケティング ─ ドラマ構成から展開するビジネス設計論
このブログを書いた人:
小笠原 裕介
ITサービス事業会社でマーケティング歴20年、経営歴5年、独立して4年。CyberAgent→UNIMEDIA[執行役員]→カラダノート[取締役COO]。新規事業開発、事業戦略策定、マーケティング、セールスに長く携わっていました。ジナルカでは小規模組織を対象に、コンセプトを軸にしたマーケティング支援を行っています。好きな言葉は”ドリブルこそチビの生きる道”。
▼この記事をおすすめしたい方
- ・“いいもの”があるのに、うまく伝わらないと感じている方
- ・戦略やコンセプトが「後づけ」になっている気がする方
- ・事業の“方向性”がチームや顧客に共有されていないと感じる方
- ・マーケティング戦略の骨子が弱いと感じている方
広告は届いている。SNSも動かしている。 でも、なぜか“選ばれない”。 そんなとき、足りないのはアイデアや工夫ではなく——物語かもしれません。
マーケティングとは、単なる“売るための施策”の積み上げではありません。感情を動かし、共感を育てる“物語の設計”です。
この記事では、NetFlixドラマ『First Love 初恋』とビジネス『Apple iPod』を例に、マーケティングを「物語構造」にたとえて紐解いていきます。構造を理解することで、施策の“点”が戦略的な“物語”としてつながり、顧客との関係性を豊かにしていくヒントが得られるはずです。
物語構造でマーケティングを考える
マーケティングの設計を物語に見立てると、4つの要素に分けて考えることができます。
・コンセプト=原案:「なぜこの事業が存在するのか?」という出発点
・戦略=脚本:どんな構成で感情を動かすか?の計画設計
・施策=演出:体験としてどう伝えるか?の実行プロセス
・顧客=視聴者:誰に届け、誰と共鳴するか?
以下、この構造を2つの事例とともに整理していきます。
コンセプト=“原案”──なぜこの事業が存在するのか?
この物語で一番伝えたいのは何か?誰に届けたいか?何を感じてほしいか? すべてのはじまりはコンセプトです。ドラマであれば、原案(プロット)が曖昧だと、どんな演出をしても視聴者に響きません。
ジナルカではまず「ブランドが果たすべき役割」と「顧客の人生にどう作用するか」を言語化するところから始めます。これはリーダーの主観的な“想い”でいいのです。むしろ、最初の段階では外部環境分析などはせず、内発的な情熱や価値観を可視化することが大切です。
このフェーズで定めるコンセプトは、単に“何を売るか”ではなく、“なぜ存在するのか”を表現するもの。コンセプトは物語の核として、すべての戦略や施策の判断基準になります。
Netflix 『First Love 初恋』 _Youtube
▶ NetFlixドラマ『First Love 初恋』 の例
『First Love 初恋』の原案は、宇多田ヒカルさんの名曲「First Love」。この楽曲が持つ“初恋”という普遍的テーマに90年代という時代性を掛け合わせ、物語全体の核を形づくっています。
青を基調とした映像、衣装、小道具によって世界観を統一し、視覚と感情が重なり合う演出になっています。物語に流れる“初恋の記憶”が全体を貫いています。
▶ ビジネス『Apple iPod』 の例
「ポケットに1000曲を」(1,000 songs in your pocket.)
ビジネス『Apple iPod』のコンセプトはこの一言に集約されます。 それまでCDやMDが主流だった時代に、音楽を大量に持ち運ぶというまったく新しいライフスタイルを提示しました。
“機能訴求”ではなく、“生き方の提案”。音楽×テクノロジー×所有感という文脈で、共感される世界観が構築されていました。
戦略=“脚本”──どんな構成で届けるのか?
誰がいつ登場して、どんな展開で感情が動くのか? どこで伏線を張り、どこで解決するのか? 目的に沿った施策と目標を設計するのが戦略です。
戦略の役割は、状況に応じて修正できる“地図”を持つこと。マーケティング戦略とは、現状(現在地)と目的地(顧客の心理)を把握し、最短ルートを探りながら柔軟に軌道修正する設計力です。ドラマとは異なりビジネスは”修正”が効く場合があります。この差異は意識して、修正が効くところと効かないところを意識した戦略が必要です。
▶ NetFlixドラマ『First Love 初恋』 の例
過去と現在、親世代と子世代、それぞれの恋と夢が交差する構成によって、世代を超えた共感を生むストーリーが展開されます。
青春は一度きりではなく、思い出すことで何度でも蘇る――そんなメッセージを“時系列”の交差で表現しており、幅広い層に届く設計となっています。
▶ ビジネス『Apple iPod』 の例
Appleは「音楽を聴く体験」そのものを再設計しました。
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・iTunesで楽曲を購入・管理
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・iPodで簡単に同期
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・白いイヤホンでどこでもスタイリッシュに楽しむ
これらのUXがバラバラでなく、1つのストーリーとして一貫している。まさに脚本に沿ったユーザー体験設計でした。
施策=“演出”──どんな体験として見せるか?
施策とは演出であり、顧客の視点に立って体験をどう届けるかを設計する工程です。ここは特に、スタッフの感性や力量が問われる領域です。
そのためにも、あらかじめコンセプトと戦略が明確であることが大切です。なぜなら、それがあることで「何が一貫性で、どこに余白があるか」をスタッフ自身が理解でき、創造的な動きがしやすくなるからです。
演出とは、整えながらも余白を活かすバランスです。ズレていれば何度も撮り直すのがドラマの現場。それと同じように、ビジネスにおいても、施策は検証と修正を繰り返しながら磨いていくべきです。
▶ NetFlixドラマ『First Love 初恋』 の例
北海道を舞台に、青を基調とした色彩設計で初恋の余韻を視覚的に演出。俳優陣もまた素晴らしく、八木莉可子さん、夏帆さん、濱田岳さんらの演技が、物語に深みと人間らしさを加えていました。これはビジネスにおいて、スタッフが個性と感性を活かせる環境づくりと同じです。明確な軸(原案・脚本)があることで、演出にも余白が生まれ、創造性が引き出されます。
演出は正解ではなく「共感させる挑戦」であり、ずれていたら何度も検証し修正する。それが本質です。
▶ ビジネス『Apple iPod』 の例
カラフルな背景に黒の人物シルエットが踊る。唯一くっきりと描かれているのは、手にしたiPodと白いイヤホンのラインだけ。製品説明は一切ないのに、“音楽を自由に楽しむ体験”が一目で伝わる。Appleが展開したこのキャンペーンは、iPodというプロダクトを“ライフスタイルの象徴”へと押し上げました。
この施策は「体験の記憶」に直結し、ブランドをライフスタイルとして印象づけることに成功しました。
『Apple iPod』のCM
顧客=“視聴者”──誰に届け、誰と共鳴してもらうか?
マーケティングにおいて顧客は、単なるターゲットではなく“物語の視聴者”であり、時に共演者でもあります。
ここで重要なのは、あらかじめ「誰に一番共感してほしいか」を意識すること。結果として広がる作品や商品ほど、中心となる共感層が明確で、彼らの熱量が波及の起点となっています。
▶ NetFlixドラマ『First Love 初恋』 の例
青春時代を90年代に過ごした親世代と、その子世代の両方がターゲット。世代を超えて共鳴する設計になっており、「まさに自分のこと」と感じた視聴者の熱量が口コミを生みました。
誰に共感されるか?を最初から意識することで、熱狂が波及しやすくなります。
▶ ビジネス『Apple iPod』 の例
iPodの視聴者(顧客)は、音楽が生活の一部であるすべての人。
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・通勤中に音楽を聴きたい人
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・難しい操作なく管理したい人
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・スマートに音楽を楽しみたい人
特定のターゲットだけでなく、音楽を愛するすべての人に向けた普遍的なストーリーが構築されていました。
顧客の心を動かせる物語をつくろう
“売る”ことは、ビジネスの目的として当然です。だからこそ、“選ばれる仕組み”ではなく、“共感される物語”を構築しなければなりません。
感動をつくることが、最も強い購買動機になります。そのためには、コンセプト・戦略・施策・顧客のすべてが“物語”として一貫していることが必要です。
ジナルカでは、この物語構造に基づき、マーケティングの戦略設計から施策実行まで一貫して支援しています。
“売る”ことを一度頭から離して、“心を動かせる物語”としてイメージを持てると良いと思います。 それがあれば、コンセプトや戦略、活動設計は専門家の助けを得ても良いと思います。AIも大いに役立つでしょう。
戦略思考の前に、物語思考。これを試してみるところからビジネスを設計するのも、私は良いと思っています。