戦略の起点。「何をどうするか?」の前に、「誰が動くのか」。
▼この記事はこんな方におすすめです
・AIやコンサルから「正しそうな提案」をもらったが、全部はできないと感じている方
・やるべきことが増え続けて、何から手をつけるか決めきれない方
・少人数で店や会社を回しながら、マーケティングも自分でやっている方
「ここに書いてあること、全部正しいと思う。でも俺、絶対できない。」
久しぶりに電話をくれた同級生の言葉です。革材料の専門店を営んでいて、相談していた先からAIも使った分析をもらった。それを読んで、途方に暮れていた。トップページの導線を整理する。初心者向けのページを作る。商品ページの情報を厚くする。作りたいものから探せる導線を作る。オリジナル商品の特集を組む。Instagramと通販を連動させる。検索向けの記事を増やす。
僕も読みました。全部、正しい。どれも筋が通っていて、どれもこの店に効きそうでした。
それでも店主は「できない」と言う。これは店主の能力の問題ではないと、僕は思っています。正しい提案は、もう安く手に入る。でも、そこに自分たちが入っていなければ、人は動けない。
人も、時間も、お金も、日々の仕事も。その会社の内側を入れて初めて、正しい提案には順番が生まれます。
この記事では、正しい提案の山を、自分の会社で動ける形にするまでの考え方を整理して共有させてください。
正しい提案と、良い戦略は、何が違うのか?
AIに、自社の意思と目的と領域を渡せば、分析と施策の案は出てきます。網羅されていて、筋が通っていて、反論しにくい。ひと昔前なら高い費用を払って手に入れていたものが、いまは数分で出てくる。正しそうな分析と提案の値段は、確実に下がりました。
ただ、正しい提案は「全部やれば伸びる」という形で出てきます。これにはこれを、あれにはあれを。一つひとつは正しい。でも全部はできない。そしてこの一覧は、厳密に言えばまだ戦略ではありません。妥当な施策の一覧です。
戦略論の古典、リチャード・ルメルトの『良い戦略、悪い戦略』は、良い戦略の芯を「診断」「基本方針」「一貫した行動」の三つがひとつながりになっていること、と説明しています。一貫した行動とは、基本方針を実現するために互いに噛み合った行動のことです。当然、それは使える人・時間・お金と切り離しては考えられない。資源に照らされていない行動の束は、診断と方針がどれだけ立派でも、戦略の形をしているだけです。
正しい提案は、たくさん出せる。良い戦略は、その会社の現実に照らして「いま、これ」を決める。 順番は、その結果として生まれます。
戦略とは、いま、やらないことを決めること
戦略とは何かと聞かれたら、僕は「頑張らないことを決めること」だと答えています。もう少し正確に言うと、いま、やらないことを決めることです。
可能性を塞ぐわけではありません。正しい提案は、たぶんどれもいつかはやった方がいい。でも同時にはできない。可能性があるものを全部やるのではなく、可能性の高いものに、いまの持ち物を集める。
多角的に攻める方が合理的な場面は、確かにあります。資源が潤沢なら、同時に走らせて早く学ぶ方が強い。でも中小企業の戦略は、常にお金・人(時間)・設備との向き合いです。どこなら勝てるかを、持ち物に照らして見極める。これが戦略の仕事で、正しい提案を増やすことは戦略の仕事ではない。
やらないことが決まると、話がシンプルになります。シンプルな話は、社員にも、お客さんにも、自分にも伝わる。絞ると、動ける。動けるから、戦略になる。
ただし、やらないことは、気合いで決めるものではありません。自分たちの持ち物と制約が見えて初めて、「これは今ではない」と判断できます。では、その持ち物は、どうすれば見えるのか。
外から見えないものを、先に出す
外から見える情報だけで作れば、提案はどうしても一般論に近づきます。戦略を自社のものにするには、外からは見えない情報を、中から持ち込む必要があります。
同級生の話で、僕が気になったのは、相談先の提案ではなく、店主が何を渡していたかでした。
外から見えるものは、相談先もちゃんと見ていました。サイト、Instagram、YouTube。そこから出せる最善の提案を出している。相談先を否定する気はまったくなくて、僕も同じ情報量なら、同じ範囲に収めに行きます。
見えていなかったのは、中からしか見えないものです。どんな体制で店を回しているか。日々の業務はどう流れていて、どのくらいの時間なら新しいことに回せるか。お金や時間に、余白はどこにあるか。店主はこれを出していなかった。何を出せばいいか分からなかったのだと思います。相談先にも、そこまで聞き取る時間はなかったのでしょう。
ここまで聞き出せたら、相当な聞き手です。ただ、初対面で内側の数字を聞かれて、すぐ答える社長は多くない。だから僕は、聞き出してもらうのを待つのではなく、社長の側が先に用意しておくことを勧めています。中身は、ヒト・モノ(コト)・カネの三つに分けると整理しやすい。無料相談でも、AIに聞くときでも、最低これだけは渡してほしい。
・ヒト:何人で、誰が何をしているか。新しいことに回せる時間
・モノ(コト):媒体の、外からは見えない数字(サイトのアクセス数と問い合わせ数、通販の注文数、店名での検索数)。使っているシステムやサービス。日々の業務の流れ
・カネ:広告を出しているなら、何に月いくら。回せるお金の上限
数字は、媒体ごとに一つで足ります。全部を並べると、また「全部」に戻ってしまう。

戦略を実行に落とすとき、僕は「使う資源に対して、どれだけ大きな変化を起こせるか」を見ます。何を、どれだけ使うのか。分母が見えなければ、この比較はできない。AIから良い戦略が返ってこないとき、能力より先に疑った方がいいのは、こちらが何を渡しているかです。分母のない計算は、「全部やる」という答えになりやすい。
正直に言えば、これを書き出すのは気が重い仕事です。「人が足りない」と口で言うのと、人数と時間を紙に書くのは別のことで、書くと逃げ場がなくなる。でもここを飛ばすと、戦略はいつまでも「全部」のままです。外から見えないものを先に出した人だけが、自分たちの戦略を持てる。
全部正しい提案の中から、何を選んだのか
店主から、中の話を聞きました。店と通販を自分の手で回していること。発信はYouTubeとInstagramで、すでに届いていること。新しいことに回せる時間は、かなり限られていること。
中の話が入ると、見え方が二段で変わります。まず診断で「何が足りないか」がはっきりし、次に持ち物と原価で「いまできる一つ」が選べるようになる。
診断から。全部正しい提案に共通している前提は、「届いたお客さんを、購入までつなげる」でした。トップの導線も、初心者ページも、商品ページの強化も、全部そのための施策です。では、この店で一番足りていないものは何か。届いていないことではない。YouTubeとInstagramにはフォロワーも閲覧も一定あり、そこから商品ページへのアクセスも来ている。届いてはいる。足りないのは、届いた人と、もう一度接点を持てる場所でした。YouTubeもInstagramも、流れていく。見てもらえても、翌週には別の投稿に埋もれる。接点が残らない。
次に、持ち物と原価。ゴールを「全部やって伸びる」ではなく「最小の原価で、いちばん効くもの」に置き直す。その目で見ると、この店ではLINEでした。すでに届いている人との接点を残せて、コンテンツと一緒に商品への直接リンクで告知ができる。新しくお客さんを集める費用がかからず、店主の手でも回せる。接点を残す場所が足りない店だからLINEであって、届くことが足りない店なら、答えは変わります。
ここで一つ、試したことがあります。僕の見立てを疑って、同じようにAIに聞いてみました。ただし今度は、店主から聞いた中の話を全部渡して。返ってきた答えは、LINEでした。相談先がAIで出した答えは「全部」で、中の話を足したAIの答えは「一つ」。道具は同じで、違いは渡した情報だけです。問題は、AIか人かではありません。戦略の中に、その会社自身がどれだけ入っているかです。
できれば次に、WEBサイトの入口の導線を整える。これは「やらない」ではなく、LINEのあとです。初心者向けページや特集や検索記事は、どれも正しいまま、その先に置く。接点を残す場所ができてから、はじめて効くからです。
提案を一つも否定していません。中の話を足しただけで、順番が自然に決まった。正しい提案は、その会社の現実を足すと、良い戦略になる。

一つに決まると、何が楽になるのか
一つに決まったら、最後に、いまの持ち物でできる活動にします。
できる活動とは、いまの自分で楽にできることだけではありません。スキルの伸び代が前提になるなら、それを身につける時間を活動に入れる。予算を広げる必要があるなら、その原資をどう作るかを活動に入れる。前提を外に置いたままの活動は、計画の上では動いているように見えて、現場では止まります。
店主の場合、ここで次の壁が出ます。「LINEと言われても、どう作っていいか分からない」。当然です。でもこの壁は、「何をやっていいか分からない」や「あのリストを一度に処理する」とは、まるで質が違います。やることが一つに決まると、分からないことも一つに決まる。 業者を探すなら「LINEを作れる人」で探せばいい。見積もりを取れば、同じ土俵で比べられる。相談先に投げる質問も、はっきりする。全部を一度に抱えているときには、業者も探せないし、コストも比べられない。
そして、初期の構築だけを任せて、回せそうだと分かったら、手綱は自分で握る。業者には、最初に手本を見せてもらえばいい。設計と最初の配信を一緒にやってもらい、二回目からは自分で打つ。これなら、スキルの伸び代も、活動の中に入ります。きれいなトップページは、その先です。
ここで、ひとつ質問させてください。手元にある「正しい提案」から、いまやる一つを選べていますか。選べていないとしたら、理由は持ち物の不足でしょうか。それとも、惜しさでしょうか。正しい提案はどれも惜しい。全部やりたくなる。でも、惜しいものを後ろに回せるかどうかが、戦略があるかどうかの境目だと僕は思っています。
おわりに
お願いが、二つあります。
一つは、外から見えないものを書き出すこと。ヒト・モノ(コト)・カネ。この三つを先に用意して、AIにも、相談先にも渡す。返ってくる答えが「全部」から「できそう」に変わります。
もう一つは、返ってきた提案の山から、いまやる一つを決めること。残りは捨てなくていい。後ろに置く。
この記事を書きながら、あらためて思ったことがあります。僕たちの仕事は、きれいな提案を増やすことではなく、「全部頑張らなくていいんだよ」と、根拠を持って声をかけられることなのだと思います。
全部、正しい。でも、いまは、ひとつ。
読んでくださった方が、手元の提案を「自分たちの戦略」に変えるきっかけになれば嬉しいです。
ではまた。