マーケティングが嫌いな人に読んでほしい「マーケティングのひとつめ」
▼この記事はこんな方におすすめです
- マーケティングという言葉に、どうも苦手意識がある経営者の方
- 外部の業者に広告やWEB運用を任せてはいるが、内容や成果がよく分かっていない方
- 短期的な集客施策に終始している企業の方
ジナルカが向き合っている中小企業の経営者にとって、”マーケティング”はどこか距離のある言葉なのだと思います。大事なのはわかる。でも、自分の商売とどうつながるのかがわからない。
そんな感覚、ありませんか。
この記事では、マーケティングの難しい部分は一旦削ぎ落として、シンプルで手に取りやすいマーケティングの初めの一歩を提示したいと思っています。マーケティングを上手に進めたいが、苦手意識が先行して、本格的に手を付けられていない。そんな経営者の方はぜひ読んでいただければ幸いです。
なぜ、こんなに嫌われているのか
マーケティングという言葉に嫌気がさしている経営者は、決して少なくありません。
学問的で、専門用語と横文字に溢れ、緻密で、ゴールまでが遠すぎる。読んでも読んでも自分の商売に接続しない。そういう経験を何度かすれば、嫌いになって当然です。
ビジネスの世界で語られる“量”が多すぎるんです。視点を変え、フレームを変え、領域を変え、その深化において”マーケティング”の容量が増えすぎている。
試しに、数えてみました。
国立国会図書館サーチで、タイトルに「マーケティング」または「ブランディング」を含む書籍。2010年以降の16年間で、4,183点以上。単純計算で、毎週5冊以上のペースで新しい本が出続けている計算になります。
しかもこれはタイトルに含むものだけです。副題で触れているもの、章の中で扱っているものは入っていません。実際はもっと多い。
毎週5冊。読み終わるより、出版される速度のほうが速い。
この本棚の前に立って、何から手に取ればいいのか。わからないに決まっています。
中小企業には寄り添わない”マーケティング”
マーケティングは何から手をつけるべきかわからない。だから敬遠する。すると予算も計画として組まれず、その都度、即効性のある施策を選ぶことになります。長期的な成長支援をしたい業者から見れば、これは腰を据えて組みにくい相手です。だんだん距離を置くようになる。結果として、中小企業に向けて顧客視点で語るプレイヤーが薄くなっていく。
いま多いのは、WEBマーケティング、SNSマーケティング、LINEマーケティング。もちろん、それらもマーケティングです。僕たち自身もその領域で仕事をしています。
ただ、それらの多くはマーケティングと謳いながらも商材・領域とユーザーの間で語りが完結している。「WEBで何ができるか」「LINEで何ができるか」という手段起点で語られやすい。企業が本当に発信したいこと、そしてそれはその領域が最適かどうか、それらの視点は抜け落ちています。
そして商材・領域ひとつで御社は勝てると謳う業者に、判断の物差しを持たない会社は期待を高めてお金を払う。自らがなにをしたくて、何を発信したいのか。これをとらえない限り、この悪循環から抜け出すことはできません。
何ができればマーケティングなのか
散々「語られすぎだ」と書いておいて、こちらまで難しい話をしても仕方がありません。いちばん小さい形で言います。
表現をつくる → 届ける → 反応を見る → 修正する
これが回っていれば、それはもうマーケティングです。規模は問いません。ブログ一本でも、ホームページの一箇所の書き換えでも、チラシの見出しひとつでもいい。
小さくとも、これができればマーケティングと呼べる。
ただ、この4つには境目があります。
「表現をつくる・届ける」までは、多くの会社がやっている。問題はその先です。
「反応を見る・修正する」、この過程ができているかいないかが、マーケティングの境目だと考えています。
なぜそこが境目なのか。
「表現をつくり、届ける」の起点にあるのは、こちらの意志です。こう思われたい、これを伝えたい。全部こちら側の都合から始まっている。
そして「反応を見て、修正する」というのは、その意志が顧客にとってどんな意味を持ったのかを確かめて、あわせていく作業になります。
こちらの意志と、顧客の側に生まれた意味。この二つのあいだには、たいてい距離がある。その距離を詰めにいく過程が、後半の2工程なんです。
「顧客の反応」に敏感になる
だからこそ、届けたい人の反応をしっかり見る。もちろん目標数値や指標を決めて管理することは大事です。でもその前に、この意志と意味を捉える。
たとえば、こういうことです。
実績・事例ページの、一部のカテゴリだけがやたら多く見られている → もしかしたら他社では、そのカテゴリの実績が少ないのかもしれない → うちの強みはそこにあるのかも、という仮説が生まれる
ブログを見てくれたお客様は、どうも社長にリスペクトがあるように思える →「社長への理解や共感が、問い合わせ意向を高めているのではないか」という視点が生まれる。
こちらの意志が、顧客の側でどんな意味に変換されたのか。それを拾いにいくと、追うべき数字が自分の言葉で決まっていきます。
逆に、ここを間違えると何も起きません。
SNSでバズる。で、ハシャぐ。同業者からの褒め言葉で承認欲求が満たされる。SNS担当者を褒める。
それはちがう。
もっとも見るのは「顧客の反応」です。数は大事ですが、意味のある数が大事です。
そして、小さくとも発信の手綱をにぎるというのは、こういうことだと考えています。
「意志」は決め事であるが、常に研ぎ澄ましていくモノである。
手を動かす、足を動かす。どこか身体を使って感じることで、頭は常にアップデートされて、意志も少しずつ研ぎ澄まされていく。顧客の反応を見ることは、顧客を理解するだけではなく、自分たちが本当に何を届けたいのかを知ることでもあります。
「とはいえ、全部はできない」
そう思った方も多いと思います。
その通りです。全部はできません。
というより、全部やろうとするのをやめたほうがいい。毎週5冊のペースで本が出続ける世界で、全部を理解してから動こうとすれば、一生始まりません。
だから、一部の小さい領域でいい。
そこでの発信を、計画的に実施していく。それだけで、マーケティングの種は十分に育ちます。
小さくとも考え、実行する。そして修正して、再度実行する。この循環を持てれば、マーケティングの神経回路がつくられる。
神経回路は、使わなければ育ちません。逆に言えば、使い続けることで少しずつ太くなる。
マーケティングの回路ができれば、「何を、どう届けるか」が見えてきます。コンセプトが育ち、発信したいことが時間軸の上で常に生まれてくるようになる。
そしてその回路が太くなれば、自ずと外部の業者も伴走しやすくなり、パフォーマンスを発揮してくれます。なぜなら外部からも「この会社は何がしたいのか」が見えるからです。意志の見えている会社には、手の貸しようがある。
マーケティングのひとつめ
マーケティングってなんですか?
マーケティングとは、“意志”と”意味”を近づけることだと思っています。
前者は法人としての意志、後者は顧客に届いた意味。そう補足しておきます。
これがジナルカなりの捉え方です。
誰に届けたいのか、何を伝えたいのか、どう思われたいのか。全部、意志がないと決められない。そしてその意志は、顧客の側で意味に変わってはじめて仕事をします。
だから、“意味”に自分たちが直接触れる領域は、限定的でも持っておくべきです。
肌に直接触れる感覚を、たとえデジタルの世界であっても持っておいたほうがいい。それがつまりは、マーケティングの手綱を握るということになります。
外注していいと思います。僕たちのような外部を使ってもいい。ただ、手綱だけは渡さない。決めるのは自分たちだという一点だけ、握っておいてほしいんです。
もし、自社のマーケティングをどこから手をつければいいか迷っているようでしたら、一度ご相談ください。全部を引き受けるためではなく、最初の一漕ぎを一緒に踏むための時間としてお使いいただければと思います。
ではまた。